春到来に先んじて花粉の襲来で四季を感じるのが恒例となっている。
鼻を啜っている人との仲間意識も日増しに強まる今日この頃だ。
鼻水は出るし目は痒くて涙垂れ流しだし、頬の高い位置と鼻の頭はカサカサに乾き痒いし耳も鼓膜近くの奥が痒い。喉も痒くて歌舞伎揚を噛まずに飲み下す快感が終始忘れられない。私は春に限りコンビニで歌舞伎揚を頻繁に購入する。
花粉憎しと文句を並べ立ててもいいのだけれど、それではあまりに芸がないし(いつもそうだが)、生産性もない(それもいつも)ので、とりあえず今日も早く寝ようと思っている(何か高尚なこと論じるんじゃないんかい)。
昔は花粉症などなかったようで、春の目のかゆみ、鼻のむずがゆさ、肌のカサツキ等を嘆く和歌もない。
時代それぞれ抱える悩みや問題、様々あるであろうが、現代が抱えるそれらは現代人が立ち向かわねばならぬ。
その立ち向かい方は各々に任されているが、私はこの花粉症という由々しき問題に関しては「我慢」という立ち向かい仕方を己に強いている。
薬の服用について
今では薬局できちんと良く効く薬が販売されている。
耳鼻科に行けば、症状に合う薬を専門家によって処方してもらえるだろう。
その手間を惜しまなかった時期もあるけど、その手間を惜しんだある時、私は日々長時間アドレナリンを分泌する生活をしていた。
要するに日の多くの時間を運動系部活動に費やしていたのである。
「滅!!!!!」という気持ちで相手と相対した春。
その間、鼻水は出ず目も痒くなかった。
「滅!!!!!」の気持ちが消え、気を抜いた瞬間に症状が襲い来る。
現代において精神論や根性論を唱えることは避けられがちだが、個人的体験として気持ちの問題は大きい。
(この体験を他者に適応してはいけないことは承知)
そう気付いてから私は花粉症状と己の根性を競い合わせてみることにしている。
これが結構やりがいがあるのである。
コンディションによっては勝てる
万全の体調とつよい意志があり、天候が味方している時、稀にアドレナリンが勝り症状を忘れることができる。そんな時、我ながら凄まじい集中力を発揮している。
私はこの時間を、数年前から「武士タイム」と呼んでいる。
人類との戦いの歴史は浅くとも、私自身の体内の歴史で言えば、免疫と花粉の戦いは長きに渡り毎年繰り返されている。
どうにもアレルギー反応は免疫側の過剰防衛による影響の側面が多分にあるらしいのだが、細胞にとっては生きるか死ぬかの真剣な戦いだ。
私の自我は寛大な宇宙的心で、「現状」はまだ見守る意思を有している。
薬の投与はご時世的に容易であるし、また、その選択は確かに私の手に委ねられているのである。健康のため、科学の叡智に頼ることは賢い選択であるだろう。
しかし、私の花粉症はまだその段階ではない。
なので今年も精神力を強く持ち、現状を打破する道を試行錯誤し探ってみようと思っている。食事とか運動とかそういう基本的なところから。
馬鹿馬鹿しく思われたとしても、それは割とやりがいのあることだと思っている。私は。
へ……ふへ………
ブぇッックショイ!!!!
………ヒーン!!!泣


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