煙があるところに火はあるか

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雑記帳
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突然だが、私は職場で嘘をついている。
軽い気持ちであった。

その時の話をしよう。

3年前、飲み会にて

その日、私は仕事を終えて、近くの店に同期数人と酒を飲みに行った。
そこは気取ったところのない店で、気さくな店長がいるバーだった。

店内に他に客はいなかった。
私達は食事をしながらとりとめのない話をした。
そして、どういう経緯か忘れたが、怖い話をし始めた。

同期の1人は自分の職場で実際に起きた話を上手に語った。
登場人物が面識ある人々であることに加え、私自身も立ち入る場所で起きた話だった。
そのため、その話の臨場感は他のものとは一線を画していた。
舞台のエレベーターに恐怖を抱くようになってしまったのは無理からぬ話である。

私はこの時感じた寒気の正体は、「他人事ではない」という点にあると結論付けた。

美容院で聞いた話

同期の話を聞き終えた時、私は一ヵ月前に聞いた話を思い出していた。
美容院で聞いた話だった。

私を担当した美容師の男性は、世間話として職場について話題を振ってきた。
私はそういった雑談が得意ではなかったので、かなり漠然とした答えを返したと思う。
「どこから来たのですか?」という質問に「まあ割と近場から来ました。」といった具合だ。

にも関わらず、彼は即座に「その辺りなら、こんな話を知っています?」と麻薬の密売取引が行われている噂がある場所について語りだした。

彼は隣の女性美容師と同じテンションで、そのずれた会話を続けた。
私は男が楽しそうに話す箇所では、楽しそうに相槌を打った。

そのうち、唐突に私の職場と関係が深い施設の名前が出た。

彼が言うには、その施設は「かなりやばく」「過去にやばい事件が起き」「やばいものを祓うためのデカい鏡張りの部屋がある」らしかった。

私はその時感じた薄ら寒さもやはり「他人事ではない」という点にあると思った。(男に嫌悪感を抱いていたのも関係あるかもしれない。)

私の髪はその不可解な美容師によって素敵に仕上げられた。
しかし、それ以来あの店には行っていない。

後日、話にあった施設で働いていた人物にその噂について尋ねてみた。
彼女は私と親しい上司であった。
上司は「何、その変な噂」と笑った。
彼女がそう言うのだから、美容師の話は嘘だったということになる。

私がついた嘘

飲み会の場面に戻ろう。

私は同期の話にすっかり震え上がった。
同時に悔しくもあった。

私は霊的な体験をしたことがなかったので、彼らを怖がらせるほどの怖い話を知らなかった。
ネットで聞きかじった話はあれど、どうにも私は話すのが下手だった。

また、この同期は私を「抜けている」だとか「天然」だとか、舐めている節があった。
だから、何としてでも「とても怖い話」を聞かせてやろうと思った。

私は「他人事ではない」という怖さを利用して、1つ作り話を語ってやることにした。

舞台は職場である。私たち全員が勝手知ったる場所だ。

先に話した通り、私には霊的なものを感じる力は皆無だ。
そういった話は上手く話せないだろう。
だから、私が体験し得る範囲で「少し不思議」な話をでっちあげた。
怖い話ではなく、説明のつかない変な話だ。

それを「こういうことがあったが、未だに意味が分からない」という風に語った。

同期がそれを信じたのかは分からない。
しかし、怖がらせることには成功したと思う。

1年後、後輩と話す

飲み会は深夜を過ぎた頃に解散になった。

怖い話をした後に楽しい話も多くした。
家に着くころには、怖い話も私の嘘の話もすっかり忘れていた。

その後、私は部署を移動し、同期と会う機会もほとんどなくなった。

飲み会から1年以上経ったころの話だ。

私と後輩はその日の業務を終えて、事務所を施錠して帰るところだった。
経緯は忘れたが、その時も怖い話をしていた。

私は久しぶりにかつて同期に語ったあの作り話を思い出し、後輩相手にその話を再び披露してみた。

後輩は怖い話が苦手であったので、怖がってくれるのではないかと思った。

しかし、返ってきた反応は予想とは異なった。

「その話、先輩だったのですか。」

後輩はそう言った。

嘘が本当に変わる瞬間はいつか

私は彼女のその返答に大層驚いた。

軽い気持ちで語った話が社内で広まり、有名な話になっているらしい。
私は話の出来の良さを実感し、少しの嬉しさも感じた。

しかし、次第に怖くなった。

私が同期を脅かしてやろうと作っただけの話は、同期や後輩にとって「他人事ではない」怖い話であった。

私が語った話が、話した当時よりも実話に近づいているように感じられた。

だからといって、何かが起こるなんて露ほどにも思っていない。
しかし、私は明確に「良くないことをしてしまった。」ことに気付いた。

火のないところに煙は立たないという言葉がある。
つまり、煙が立てば人は「火がある」と当たり前に思うものだ。

火があると思う人が多くなればなるほど、やはり、その根源には火が「あってしかるべき」なのである。

ここ最近は私が話した嘘を聞かない。
このまま忘れ去られて欲しいと思っている。

そして、会社を離れるときには、疎遠な同期に連絡をとり「あの話は嘘だったのだ。」と謝ろうと決めている。




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