【怖い話】友人Mが語る幽体離脱

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雑記帳
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安心してほしい。

タイトルに【怖い話】などと書いたが、この話には未確認生命体も科学で立証できない霊体も出てこない。

ただ、この話を語った友人Mによって、私たちは恐怖のどん底へと叩き落とされた。

そんな怖い話である。

高校時代、S部へ入部する

高校生の時の話である。

私の友人の1人に、Mという子がいる。

彼女は背が高く、さながらモデルのようにスタイルが良い。
笑うと口角が綺麗に左右対称に上がり、笑顔を絶やさない美人である。
決して派手ではないが、いつも明るく柔らかい空気をまとっていた。

その友人Mは人数が少ない部活(以下S部とする。)に所属していた。

今度3年生が卒業してしまうとS部の部員は彼女1人になってしまうそうだった。
そうなると部として存続できず、部室も部費もなくなってしまうと言う。

そのため、友人Mは「名前だけでもいいから部員として籍を置いてくれないか」と私に頼んできた。

私たちの学校では兼部が認められていた。

私はそれなりに熱心に文化系の部活に取り組んでいたが、周りに兼部をしていた友人も多かったので、深く考えずに彼女が差し出した入部届に名前を書いた。

友人Mは私の他にも親しい友人を何人か誘い、なんとかS部の廃部を免れた。

部室棟2階、1番端のS部の部室にて

名前だけの参加のはずだったが、意外にもS部は居心地がよく、私は活動日である木曜に毎週顔を出した。

大体の場合部室には友人Mが1人でいて、何かをノートに書きつけていたり、誰の物かも分からない楽器を気まぐれに弾いていた。

友人Mが勧誘した他の部員も集まってきて、3・4人で雑談に興じることもあった。

まあ、真面目に活動している部活ではなかった。
下校の鐘が鳴るまで他愛のない話をしているだけだった。

友人Mが勧誘した部員たちは、その全員が私とも気心の知れた仲だった。
そのためS部室での思い出はどれもが楽しい思い出であり、今でも時々思い出す。

しかし、その中のある1日の記憶だけ、私は違う意味で忘れられない。

それは、友人Mのいつもと同じ明るい調子の一言から始まった。

「実は私、幽体離脱ができるんだよね。」

幽体離脱

「そう、自分が行きたいところにパって行けちゃうの。」

何を言い出したのだこやつは、と思いながら私は友人Mの話を聞いていた。

彼女が言うには、彼女は夜な夜な幽体離脱を繰り返し、夜のディズニーランドを歩いたり、友達の家を訪ねてみたりしているらしい。

「でもそれって普通の人には見えないんでしょ。」

その場にいた別の友人が面白がって聞く。

部室には私とMの他に友人が3人いた。
5人が輪になって床に座って話していた。

「うん。体は普通に寝ているだけだから誰かに会ったとしても気付かれないよ。」

さも当然。といった様子で淡々と友人Mは答えた。

私は第三者的立場に自分がいることを前提として、オカルト的なことに首を突っ込みたがる習性があった。
だから友人Mの突然始まった突拍子のない話を遮ることはせず、とりあえず詳しく聞かせてほしいと言った。

面白半分、未知への好奇心半分といった感じだ。

「別に私が生まれた時からできるんじゃなくて、塾の夏期講習で友達にやり方を教えてもらったの。」

そうだ、私たちは確か、制服の上にカーディガンを羽織っていた。
寒い冬の気配がする秋の日であった。
日はすでに傾いて、窓の外は暗くなりつつあった。

「ちょっと難しいんだけど、失敗したこともないし皆もできるよ。」

今から私が教えてあげると友人Mは言った。

私たちは仲が良かったし、友人Mの誘い文句は魅力的だった。
やったことのない、どこか危ない気配の遊びを試してみたい気持ちがその場にいる私たちの気持ちを占拠していた。
また、皆、友人Mがその「嘘」をどうやって私たちに納得させるのかも気になっていた。

(しかし、今思うとこの時点で私は、友人Mの話を興味深い「事実」として受け取っていた気がする。
いつか高額な壺をもっともらしい理由をつけて買わされてしまうんじゃないかと我ながらヒヤヒヤする。)

私たち5人は少し円の間隔を狭めて、その「やり方」を語りだす友人Mの言葉を待った。

この時点で私たちは既に少しおかしかったと思う。

幽体離脱のやり方

「まずこれだけは絶対に守ってほしいんだけど」

友人Mはいつも通りに笑っている。
語りだす内容だけが異様である。

「やり方を聞いたら、最後までやらないとだめなの。途中では抜けられないんだけどいい?」

「途中でやめたらどうなるの?」

「やめたことないから私は分からない。教えてくれた友達もやめた人を知らないから分からないって言ってた。

だから、やめなければ大丈夫。」

友人Mはそしてこうも言った。

「だから、ちょっと怖いなって思ったら、今ここで聞くのをやめてね。」

嫌な聞き方をする。と私は思った。

しかし、やめる気はなかった。
理由は2つある。1つは単純に面白かったからだ。
そして厄介なことにもう1つは、本当に幽体離脱をしてみたいと思っていたためだった。

友人Mはしつこいほどに何度も本当に最後までやるかどうか確認した。
結局輪から外れる者はいなかった。

「まず、私たちは手をつないでみんなで一緒にある言葉を叫びます。
その時は全員目をつぶっていてね。

ある言葉っていうのは、実際に幽体離脱を始めるとき以外は言っちゃだめだから今は教えないね」

友人Mはいつもよりも随分とゆっくり、私たち全員に対して噛んで含めるように話した。

「じゃあ、どうやってその言葉を私たちが知るの?」

「私が1文字ずつその時に言うから、後に続いて唱えてくれれば大丈夫。

ここから少し手順が細かいからよく覚えてね。
メモとかはとっても見られないからしっかり頭で覚えてね。

間違えるとどうなるか分からないから。」

友人Mはあくまで幽体離脱は楽しいといった様子で手順を説明しはじめた。

「まず、次に目を開けた時には、私たちはみんなひとりで真っ暗な空間に座っているのね。
私は座ってるところから始まるんだけど、中には立った状態で目を開ける人もいるみたいだけど。

どんな体勢で目を開けたとしても、まずつま先が向いている方向を確認して。

つま先が向いている方向に進む必要があるから、座っていた場合は絶対につま先の位置をずらさずに立ち上がって。」

「何も見えなくて真っ暗だろうけど、とにかく真っすぐに進むとそのうち明かりが見えてくるはず。

見えてこなくてもそのまま進んでね。絶対に戻ったり方向を変えたりはしないで。

結構人によってここの距離は違うみたいだから。

その方向に進み続ければ、そのうち道が見えてくるから、その道の通りにそのまま進んで。

でも道の両側には、多分顔があるものが並んでいると思うから、絶対に目を合わさずに前だけ見てね。
いつも私は道が見えた時点で走って通り抜けちゃう。」

「その先には分かれ道がある。標識が立っているから、初めはその標識とは逆の方向に進んで。また同じように標識がある道に出るから、2番目の分かれ道では標識が指す方向に進んで。ここまでは大丈夫?何度でも教えるからしっかり覚えてね。……ただ、もしも3番目の分かれ道があったとしたら今度は標識がどっちを指していたとしても絶対に右に進んで。間違えないように気を付けて。そのまま道を進んでいくと、人によってその距離はやっぱり違うみたいなんだけど、人が立っている分かれ道に出る。その人はおばあさんの場合もあるし、おじいさんの場合もある。やっぱり人によってここも違う。でも、どんな人であったとしても、何か1つ質問をしてくるから、何を聞かれてもここでは「違う」「いいえ」と否定の言葉を返してね。その人のいうことと逆のことを返すようにして。そしたらその人がどちらかの道を指さすはずだから、その通りに進んで。」

友人Mは懇切丁寧に私たち全員が手順を覚えるまで本当に何度でも説明した。
長い長い行程だった。

「最後に真っすぐの道の先に真っ白い家が見える。家の扉の前まで来たら、1回足を止めて。ここが少し難しいから。
家の中も真っ白だけど、その部屋の中は頭が割れるほど大きくて気持ち悪い雑音がいつも響いているのね。その音を絶対に聞くことなく、正面の机の上の〇〇を手に取らなきゃいけないの。
私はいつもドアを開けた瞬間、めちゃくちゃに叫びながら部屋を走って一気に机まで行っちゃう。そうすれば大丈夫だよ。
これを間違わずにできれば幽体離脱は成功するよ。
気付いたら部室に戻っていて、体を残して自由に動けるからみんなで出かけよう。」

手順の説明が終わるころ、私たちは4人は皆青ざめていた。

私は体の末端がひどく冷たいのに背中に汗が伝うのを感じていた。
過度に緊張している時のように、腹の奥の筋肉が終始痙攣しているのを感じていた。

私はひたすらに怖がっていた。
不思議なことに。

隣の友人は先ほどから一言も喋らない。

友人Mが手順を説明している間、私たちはそれぞれが何度か

「間違えたらどうなるの」

という疑問を口にした。

友人Mの返答は全て同じだった。

「失敗した人を知らないから分からない。でも皆できてたから絶対に大丈夫。」

友人たちが泣きそうになりながら、何度も何度も行程を確認している横で、私はぱったりと自分の体が力を失って倒れる様を想像していた。

その後下校の鐘が鳴って、巡回の先生たちが私たちを発見する。

目を覚まさない様子に慌てて救急車を呼んでいる。
仰向けに倒れた私の顔が見える。

その想像は、常にS部室の上から眺めたような構図である。

初めて、冷静にひたひたと忍び寄る死の恐怖を感じたように思う。

自転車で転びそうになった時、うっかり包丁で指を切りそうになった時、心臓に氷が降ってきたような冷たさを感じることがある。

今の体の状態を表すとしたら、氷水に浸してぼとぼとに濡れたタオルで体内の臓器をくるまれているような感覚だった。一瞬で去ってはくれない嫌な冷たさだった。

私は部室の扉を背にして座っていた。
出口に一番近い位置にいた。
今すぐみんなを置いて逃げ出してしまおうかと本気で考えたが、それもできなかった。

文を読んでいるあなた方には、馬鹿げた話がずらずらと並んでいるだけのように思えたに違いない。
友人Mのまさに嘘っぽい話を疑いなく信じていることを理解できないと思う。

しかし、私たち4人は信じていた。

いや、信じる信じないではない。

友人Mの語った話は、この後自分の身に間違いなく起こることであり、もうそれから逃げられないと確信していた。
私たちは逃げたい気持ちをこらえながら手順を反復するほかなかったのである。

私たちがした質問と言えば

「つま先の位置がずれてしまったらどうしたらいいのか」

「4度目の分かれ道があった場合はどうしたらいいのか」

「その人の質問が“はい”か“いいえ”で答えられなかった場合はどうしたらいいのか」

そんな質問ばかりだった。
そして、その質問の答えはどれも同じなのだ。

「失敗した人を知らないから分からない。でも皆できてるから絶対大丈夫。」

そして私たちは手をつなぐ

私は言った。

「こうなった以上仕方がない。ちゃっと行ってちゃっと戻ってこよう。」

友人Mは私たちの恐怖を目の当たりにしても笑っていた。
そして、私たちを励ましていた。

これから楽しいことが始まるのだと言って、彼女は笑顔をくずさない。
彼女に対して狂気すら感じてしまう。

私は隣に座る友人の手を握った。
友人の手も私同様冷えていた。
私たち5人は小さい子どものように手をつないで円を作った。

その滝、今日の部室棟はいつにも増して静かだと思った。

「それじゃあ、行くよー」

友人Mの間延びした声を合図に目を閉じる。

瞼の裏が見える。
うん、まだ私は瞼の裏を見ている。

「そー」

友人Mが言葉を一文字ずつ言う。
その後を私たち4人の声が追いかけた。

「うー」

「ぶー」

「んー」

「ぜー」

友人Mの声にこらえきれない笑い声が混じる。

「はい!逆から読むと~?」

幽体離脱の終わり

「全部嘘でした~!!」

友人Mはそう言って笑いだした。

私は意味が分からず目を開けずにいた。
そして、頭の情報の処理がやっと追いついてきてから「え?」の声と共に目を開けた。
私たちはそれぞれ顔を見合わせて、事態に適した表情を探す。
笑いがおさまらない友人Mの様子を見て、やっと私を含めた4人は躊躇いがちに安堵の声を漏らした。

そう、友人Mが言った通り、はじめっからぜ~んぶ嘘だったのだ。

あれだけの恐怖を味わったにも関わらず、私たちは誰も怒らなかった。
嘘であったことへの安心感の方が大きくて、怒るどころではなかった。

後日談

これを読んでくれている皆様は、この思った通りの結末に拍子抜けしたに違いない。
私だって書いていてそう思う。

友人Mを含め、私たちはひたすらに「なぜあんなに嘘らしい嘘を揃いも揃って信じ込んでしまったのか」ということに首を傾げた。

私は初め、おそらく「集団催眠」に近いものであると考えた。

初めは皆信じてなんかいなかった。
しかし、気付かないうちに「夜眠れば朝に目覚める」といった当たり前の未来と同じレベルで信じていた。

それはなぜか。

初めに「聞いてしまったら抜けられない」という条件を、今後ひどい目に合うとも知らない相手に飲ませる。
当然、相手はこの後どうなるかなんて知らないし、大したことは起こらないと思っているからその条件を簡単に飲む。
同時に話を聞いている人間が複数人いれば、余計にNOとは言いづらいだろう。

その後、全員に「覚えなければいけない」「覚えなければどうなるか分からない」プレッシャーと、「覚えきれるか分からない」多くの情報を与える。

例え半信半疑で聞いていたとしても、話を進めるためには情報を覚えなければならない。
なので、信じてようが信じてなかろうが、情報を覚える作業に集中する。
この時点で1人でも信じ切っている人間がいれば、その人は必死で情報を覚えようとするだろう。
恐らくその様子は、話を信じていない人の不安感も多少なりとも刺激する。

そして、情報を覚えることに皆で集中している内に、「信じている」雰囲気も連鎖していくのではないだろうか。

また、失敗するとどうなるのかが明言されないことで私は最悪の想定をした。
「失敗すれば死ぬのだ。」と勝手に思いこんでいた。
もしも、友人Mが「失敗したら死ぬ」と言っていたら、私は信じなかったかもしれない。

人に言われた言葉を信じるより、自ら自然と生じた感情の方が信じやすいのは間違いない。

しかし、私が考えたこの「複数人に話すことで信じ込んだ」という説は間違いだった。

というのも、私はこの後、私が話し手となって2人の友人を幽体離脱に誘ったためだ。

それは2人同時にではない。
1対1で話し、それを2回試した。

1人は賑やかな夕食時のサイゼリヤでパスタをつつきながら。
もう1人は習い事が終わった後の空いた時間に。

結果、その2人どちらも私が味わったような恐怖のどん底に叩き込むことに成功した。

私はこの時、この話が心底恐ろしくなった。

友人Mの話す技術が巧みであるわけではなかった。

友人Mが語った内容と口調を真似ることができれば、誰にでもできてしまうのだ。この話は。

幽体離脱の方法は、さすがにもう忠実には思い出せない。
これを書くにあたり、所々想像で補った部分もある。
だから、今この話を違う人間にしたところで同じような反応が返ってくるかは定かではない。

試す気もないが。
(もし相手が終始冷めた態度だったら、恥ずかしくて死にたくなる類の話だと思う。)

私はこの幽体離脱の経験を経て、言葉の持つ恐ろしさを知った。

人を騙すことは「騙す方法」さえ知っていれば、きっとそう難しくないのだと思う。

幽体離脱を試みたのは何年も前であるにも関わらず、私は詐欺や騙された話をニュースで見るたびにこの出来事を思い出している。
恐らく、私がまた好奇心を刺激され、不思議で高額な壺を買わされそうになった時も頭の中で思い返されることだろう。
良い勉強になったと言える。

しかし、まあ何度思い返しても趣味の良い遊びとは言えない。
友人Mは今でも交流があるが、次似たようなことをされたら今度こそ怒ってやろうと思っている。

とにかく、ほんとにほんとに怖い話である。

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